Column_06-10 of アラスサッカーセンター緑山スクール

コラム


[能力を引く...]

2006-7-19

アラス.コラム vol.10

たくさんの子供たち、それを大切に見守る周りの人々....様々な人たちが「将来のサッカー選手で羽ばたく夢」を見る時代になってきました。しかしながら・・・

選手に「将来プロサッカー選手を目指しなさい。」

と言った記憶がありません。将来の夢を決めるのは本人の意志次第。誰かが引いてくれたレールをの上を進み続けるうちに、いざという時ヒトの手を借りてきた過程が、最終的には本人の邪魔をしてしまうことがあるのでは・・・と考えます。

こんなプレーをして欲しい。このようなファイトを見せるのが当たり前....とコーチのイメージを押し付けてもなかなか上手くはいきません。

本人がいかにして「心から自分を表現できるかどうか」

私たちコーチは、選手本人が自分を表現するのを「手伝うコトに最善を尽くす」のが仕事です。しかしながら本人が何かを目指す、心を込めて何かに取り組む姿勢を持っているといった場合は良いのですが、全ての子供がその志を持ってスクールに来ているかというとなかなかそう上手くはいきません。みんなできるようにはなるのですが、一人ひとり経験してきた時間が異なります。

「自分らしさを表現できる人間として社会に送り出す」

失敗はむしろおおいに結構。いろいろなことにトライすると、必然としてエラーがついてきます。そしてその繰り返しの中で一人前になっていく。その経験の中から「自分のスタイル」を模索する。そういった過程には「より良い環境」と「そうでもない環境」の両方の経験が強みになることがしばしばあります。

大切なのは、失敗経験やら成功経験の後に何ができるかです。

将来社会に出たときに上手くいかないことがしばしばあるでしょう。そんな「挫折」を経験したときにこそ「自分のチカラで努力する」ことが大切です。その経験の繰り返しが「自信」となり次の扉を開いていきます。

選手のみならず、我々コーチも表現し続けなければなりません。

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[中田英寿選手現役引退...]

2006-7-04

アラス.コラム vol.09

日本で尊敬できるプロサッカー選手のひとり、中田選手が現役引退を表明しました。

彼がU-15の世界大会ナイジェリア戦で、猫のような胸トラップをしてからずうっと注目してきました。まだまだ現役の余力を残し引退する彼の気持ちとは一体なんなのでしょうか。

NAKATA選手の引退で間違いなく日本サッカー史は大きな節目を迎えます。

次世代の世界に通用する日本人プロ選手・・・。このまま待ち続けるだけ出てくるでしょうか。次にNAKATA選手ほどの選手を生み出すには何か根本的な....スポーツ以前の日本の文化というか、日常生活の危機感というか、そんなコトに取り組まなくいと現実的にイメージができない...というのが今の気持ちです。ありきたりな周りのヒトの考え方・意見になびきかちで、ヒトと違う意見をヒト前で表現することが苦手。曖昧で自分の意見を隠しがちな「恥」の文化。世界との文化の違いははっきりとしています。

しかしながらそれでも日本人の特性を生かしたサッカーの表現があるはずです。

NAKATA選手はそれを今大会大きな可能性として感じていたのではないでしょうか。それを身につけないと世界のサッカーとは対等に闘えない。いくらサッカーだけの技術やスピードが世界のそれと近似値でも....。彼の伝えたかったコトは世界に出て体験し尽力し続けなくては表現できない領域であると想像し、また日本人みんなが感じているところだと思います。

彼のそのような言動・行動を長い年月かけて実践し、日本中の人々に「あらたな文化の息吹と可能性」を表現しつづけてくれた「魂」に心より感謝したいと思います。

そして、次のステージでの活躍を期待したいと思います。

選手育成環境整備「だけ」ではとうてい追いつかない「サッカーの奥の深さ」そして「大きな課題」を教えてくれました。


人生とは旅であり、旅とは人生である・・・。

 2006・7・3~1985年12月1日―2006年6月22日~ 俺(おれ)が「サッカー」という旅に出てからおよそ20年の月日が経った。8歳の冬、寒空のもと山梨のとある小学校の校庭の片隅からその旅は始まった。 あの頃(ころ)はボールを蹴ることに夢中になり、必死でゴールを決めることだけを目指した。そして、ひたすらゲームを楽しんだ。サッカーボールは常に傍(かたわ)らにあった。 この旅がこんなに長くなるとは俺自身思いも寄らなかった。山梨の県選抜から関東選抜、U―15、U―17、ユース、そしてJリーグの一員へ。その後、自分のサッカー人生の大半を占める欧州へ渡った。 五輪代表、日本代表へも招聘(へい)され世界中のあらゆる場所でいくつものゲームを戦った。サッカーはどんなときも俺の心の中心にあった。サッカーは本当に多くのものを授けてくれた。喜び、悲しみ、友、そして試練を与えてくれた。 もちろん平穏で楽しいことだけだったわけではない。それ故に、与えられたことすべてが俺にとって素晴らしい“経験”となり、“糧”となり、自分を成長させてくれた。 半年ほど前からこのドイツワールドカップを最後に約10年間過ごしたプロサッカー界から引退しようと決めていた。 何か特別な出来事があったからではない。その理由もひとつではない。今言えることは、プロサッカーという旅から卒業し“新たな自分”探しの旅に出たい。そう思ったからだった。 サッカーは世界で最大のスポーツ。それだけに、多くのファンがいて、また多くのジャーナリストがいる。選手は多くの期待や注目を集め、そして勝利の為(ため)の責任を負う。時には、自分には何でも出来ると錯覚するほどの賞賛を浴び、時には、自分の存在価値を全て否定させられるような批判に苛(さいな)まれる。 プロになって以来、「サッカー、好きですか?」と問われても「好きだよ」とは素直に言えない自分がいた。責任を負って戦うことの尊さに、大きな感動を覚えながらも子供のころに持っていたボールに対する瑞々(みずみず)しい感情は失われていった。 けれど、プロとして最後のゲームになった6月22日のブラジル戦の後、サッカーを愛して止まない自分が確かにいることが分かった。自分でも予想していなかったほどに、心の底からこみ上げてきた大きな感情。 それは、傷つけないようにと胸の奥に押し込めてきたサッカーへの思い。厚い壁を築くようにして守ってきた気持ちだった。 これまでは、周りのいろんな状況からそれを守る為、ある時はまるで感情が無いかのように無機的に、またある時には敢えて無愛想に振る舞った。しかし最後の最後、俺の心に存在した壁は崩れすべてが一気に溢(あふ)れ出した。 ブラジル戦の後、最後の芝生の感触を心に刻みつつ込み上げてきた気持ちを落ち着かせたのだが、最後にスタンドのサポーターへ挨拶(あいさつ)をした時、もう一度その感情が噴き上がってきた。 そして、思った。 どこの国のどんなスタジアムにもやってきて声を嗄(か)らし全身全霊で応援してくれたファン――。世界各国のどのピッチにいても聞こえてきた「NAKATA」の声援――。本当にみんながいたからこそ、10年もの長い旅を続けてこられたんだ、と……。 サッカーという旅のなかでも「日本代表」は、俺にとって特別な場所だった。 最後となるドイツでの戦いの中では、選手たち、スタッフ、そしてファンのみんなに「俺は一体何を伝えられることが出来るのだろうか」、それだけを考えてプレーしてきた。 俺は今大会、日本代表の可能性はかなり大きいものと感じていた。今の日本代表選手個人の技術レベルは本当に高く、その上スピードもある。ただひとつ残念だったのは、自分たちの実力を100%出す術(すべ)を知らなかったこと。それにどうにか気づいてもらおうと俺なりに4年間やってきた。時には励まし、時には怒鳴り、時には相手を怒らせてしまったこともあった。だが、メンバーには最後まで上手に伝えることは出来なかった。 ワールドカップがこのような結果に終わってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。俺がこれまでサッカーを通じてみんなに何を見せられたのか、何を感じさせられたのか、この大会の後にいろいろと考えた。正直、俺が少しでも何かを伝えることが出来たのか……ちょっと自信がなかった。 けれどみんなからのmail(メール)をすべて読んで、俺が伝えたかった何か、日本代表に必要だと思った何か、それをたくさんの人が理解してくれたんだと知った。それが分かった今、プロになってからの俺の“姿勢”は間違っていなかったと自信を持って言える。 何も伝えられないまま代表そしてサッカーから離れる、というのはとても辛いことだと感じていた。しかし、俺の気持ちを分かってくれている“みんな”がきっと次の代表、Jリーグ、そして日本サッカーの将来を支えてくれると信じている。 だから今、俺は、安心して旅立つことができる。 最後にこれだけは伝えたい。 これまで抱き続けてきた“誇り”は、これからも俺の人生の基盤になるだろうし、自信になると思う。でもこれは、みんなからの“声”があったからこそ守ることが出来たものだと思う。 みんなの声を胸に、誇りを失わずに生きていく。 そう思えればこそ、この先の新たな旅でどんな困難なことがあろうと乗り越えていけると信じられる。 新しい旅はこれから始まる。 今後、プロの選手としてピッチに立つことはないけれどサッカーをやめることは絶対にないだろう。旅先の路地で、草むらで、小さなグラウンドで、誰かと言葉を交わす代わりにボールを蹴るだろう。子供の頃の瑞々しい気持ちを持って――。 これまで一緒にプレーしてきたすべての選手、関わってきてくれたすべての人々、そして最後まで信じ応援し続けてきてくれたみんなに、心の底から一言を。“ありがとう”ひで

中田英寿選手のホームページから原文

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[サッカーの神様が与えた試練...]

2006-6-24

アラス.コラム vol.08

ドイツでの日本代表の挑戦は終わりました。

NAKATA選手がピッチ仰向けになり起き上がれない姿が全てを物語っていました。

いくらいい攻撃をしてもいくらいい得点をとってもいつでも失点を重ねるようなチームは世界の舞台で通用しない....。

02年の決勝日韓ワールドカップ予選大会は確かに盛り上がり日本中が感動をもらいました。しかしながら決勝トーナメント1回戦。仙台でトルコのウミトダバラにコーナーキックからヘディング一発で決められてから日本の守備は進化してきたのでしょうか。

ドイツに2点リードをしても追いつかれ・・・。
オーストラリアに終了間際8分で3失点。
王者とはいえあのブラジルから死に物狂いでもぎとった虎の子の1点を前半ラスト30秒間逃げ切るコトができない・・・・

試合の結果はどうであれ王者をハーフタイムのプレッシャーのなかに引きずり込むコトができたはず。日本のメディアを見ていると、「点を決めることができる攻撃力」「チームとしての得点力不足」ばかりが取りざたされています。

それでだけでいいのでしょうか。

守備の目的は「抜かれなければいい。」ではなく「ボールを奪う」コトです。いくら前線(1列目)や中盤(2列目)の選手がいい攻撃をして決定機をモノにしたとしても、DFライン(3列目)がいつでも破られ、GKのファインセーブに頼っているようでは真のチーム力を感じません。

予選リ-グ3試合で7失点。厳しい言い方ですが決勝トーナメントで大量失点という恥をかかなくててよかったと思う程お粗末な守備力でした。あきらめているわけではけしてありません。もっとできるはずです。
確かに今後も決定力を備えたストライカーは必ず必要です。しかしながらそのようなタレントの出現は、熱意を持った指導者たちの環境づくりだけでは出現しないのかもしれません。コレばかりは才能を持ったタレントを神様からさずかるようなモノだからです。

あえて「でも」と言わせていただきます。

守備の戦術的要素を備えたDFはいいコーチのもとで育成することができると思っています。日本の守備の教え方はこのままでいいのでしょうか。インターセプトが守備の第一プライオリティーとしながらも、「抜かれなければいい。」「相手がミスタッチをしたら初めて飛び込んで奪う。」なんとも消極的で危険察知能力の育たない手法とは感じてしまいます。もっと積極的な守備は表現できないものでしょうか。

オーストラリアのマーク・ヴィドゥカに10本の縦パス(くさび)パスを簡単に許します。抜かれてはいません。でも相手もミスをしないから思うように危険な展開を許してしまう。

ロナウドへの縦パスなど誰も身体をぶつけて奪いにいきません。あたかも「どうぞどうぞ」といわんばかりでした。対するブラジルは日本の危険な縦パスに対し、インディアンの奇襲攻撃のように2人一緒にインターセプトに飛び出して、あれよあれよという間にボールを奪って次の攻撃につなげます。

アルゼンチンの守備能力も今大会素晴らしい出来栄えです。

ジーコジャパンは「中盤(2列目)のスペクタクルなサッカーを世界にお披露目したい。」に留まりました。本当にすばらしい展開から難しいゴールをブラジル戦で決めるコトもできました。しかしながら「勝つために」必要なモノをおざなりにしてはいないでしょいうか。

今のチームでは勝つための準備ができていないまま(守備の戦術的な準備不足)本大会に望んだように感じます。3列目でボールを奪えない。だから、ドイス(二人の)ボランチに助けてもらう。

中田は攻守に全力を出しきったのではないでしょうか。

2センターバックに1ボランチ。日本にそのようなタレントはいません。あえてボランチで言うなら「トゥーリオ」「今野」くらいでしょうか。センターバックは見当たりません。

これは、代表だけの問題ではありません。小さい子達を育て上げる我々指導、教育する立場の問題であると思っています。サッカーの神様が我々日本サッカーに与えたモノ。

それは、今の型にはまった考え方を取り払う勇気を持つ「試練」なのかもしれません。

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[サッカーの歴史は繰り返す...]

2006-6-21

アラス.コラム vol.07

いよいよ予選最終段階。各組決勝トーナメント進出を決めたチームが続出です。明日のアルゼンチン対オランダ。98年のフランス大会準決勝(マルセイユ)と同じカードです。オルテガがファンデルサールの顎にヘッドパット。一発レッドで荒れたゲームをフランクデブールの一蹴からベルカンプの素晴らしいワンタッチコントロール、豪快なシュートで決着をつけたあのゲーム。フランス大会の中でもひときわコンパクトな質の高いゲームに、ゴール裏で観戦していた私は半分あいた口がふさがりませんでした。

スタンドではオランダサポーターから一周してきた「ウェイヴ」をアルゼンチンサポーターが毎回止めオランダ側が「ブゥー!」。

なんどもなんども繰り返されるこのシーンにみんな大盛り上がり。

さて、今回のワールドカップ。ヨーロッパでの大会ということもあるのでしょうがフランス大会の頃と比べ「スーパースター」の出現を予感させてくれます。

82年、86年、90年と個性豊かなタレントが楽しませてくれた時代から、一変して守備組織による相手のよさを出させない、いわば見ていてもあまり面白くない・・・魅了されない方向に向いているなぁ・・・と感じていました。

しかしながら21世紀に入った2回目の大会で「近代サッカーの方向性」が見えてきたような気がします。質の高い組織を特徴とし「時間とスペースの少ない現代サッカー」の中でも、見ている人たちを魅了するコトができる「10年にひとりの個性豊かなタレントの出現」。

「帰ってきたスーパースター!」(なんかウルトラマンみたい。)

82年に見たかったフラジル対アルゼンチンの決勝。ジーコ、ソクラテス、ファルカン、トニーニョセレゾのタレントぞろいのブラジルが、誰も予想してなかったイタリアの救世主ロッシの活躍でいなくなってしまいました。
86年にはアルゼンチンマラドーナがサッカーの母国イングランド相手に「神の手ゴール」、「伝説の6人抜き」。

このような伝説のゲームが、さらに質の高くなったゲームの中で見ることができるかもしれません。

アルゼンチンのメッシ、テベス、サビオラ、リケルメ、アイマール。ブラジルのロナウジーニョ、カカ。オランダのロッペン。イングランド、ルーニーなど.....誰が06年大会後の「帰ってきたスーパースター」になるのでしょうか。

すべてのサッカーファンが、予選リーグの内容を見て決勝トーナメントのゲーム内容を想像し期待を膨らませてワクワクしています。そう感じているはずです。ここまで質の高くなったサッカーのゲームの中でさらにタレントの出現もでてきた21世紀の近代サッカー

決勝トーナメントに出るコトの難しさが伝わってきます。

明後日早朝4時。侍ブルーの運命が決まります。可能性があるかぎり信じたいと思います。

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[クロアチア戦ハーフタイム LIVE!]

2006-6-19

アラス.コラム vol.06

たった今クロアチア戦(2006ドイツワールドカップ予選リーグ)の前半が終了しました。試合立ち上がりの日本の「勝ち」にこだわった姿勢。ゲーム中盤からのシュート数。PKを止めた川口の好セーブから一転し、流れは日本の攻撃サッカーがゲームを支配しているように見えます。

しかしながら「一流の試合でのゲーム慣れ」が心配です。

熱くなりすぎて前半終了間際にボールを支配できません。クロスを入れてしまい、相手のカウンターからシュートまで受けてしまいます。2-1でリードしている韓国はどうでしょう。勝っているゲームを逃げ切る術と試合展開を知っています。アルゼンチンも前半3-0で終了した一見終わりそうなゲームが、後半3-1となってしまい「ゲームが生き返る」コトを相手にさせない術を知っています。

さて、コノ試合。前半を0-0で終了すれば、PKを外したクロアチアは1-0の試合だったのに...とゲームへの集中力が劣ってくる可能性がでてきます。

つまり、前半は0-0が必要でした。前半終了間際の右サイドからのクロスは「いつでもリスクを犯して攻撃をする」という試合の流れを考えていないプレーだった・・・、と肝を冷やしました。

さあ、これから後半が始まります。負けない日本のゲーム運び...GK川口の「マイアミの奇跡」ばりの守護神に期待し、いざ後半へ突入です。

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